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浦和地方裁判所 昭和36年(ワ)207号 判決 1964年4月02日

原告 大川正男

被告 矢島たみ 外二名

補助参加人 国

訴訟代理人 板井俊雄 外五名

主文

原告の主位的請求および予備的請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は、すべて原告の負担とする。

事実

一、原告は、主位的請求として、「一、被告矢島たみは、別紙物件目録記載(1) 、(2) の土地につき、昭和二四年一一月二一日浦和地方法務局草加出張所受付第一、一二九号をもつて昭和二三年七月二日自作農創設特別措置法第一六条の規定による売渡を原因としてなされた所有権取得登記の抹消登記手続をせよ。二、被告坪井すみは別紙物件目録記載(1) の土地について、被告片岡喜代は同目録記載(2) の土地について、それぞれ浦和地方法務局草加出張所受付昭和三六年五月二日受付第二、四三五号、同第二、四三六号をもつて、いずれも同日付贈与を原因としてなされた各所有権取得登記の抹消登記手続をせよ。三、被告坪井すみは別紙物件目録記載(1) の土地上に、被告片岡喜代は同目録記録(2) の土地上に家屋その他の建築物を建設してはならない。四、被告坪井すみは別紙物件目録記載(1) の土地を、被告片岡喜代は同目録記載(2) の土地を原告に引渡せ。五、訴訟費用は被告らの負担とする。」、との判決竝びに土地引渡の部分につき仮執行の宣言を求め、被告矢島に対する予備的請求として「被告矢島たみは、原告に対し、金二三八万九、六二七円とこれに対する昭和三七年五月一〇日から支払済に蚕一るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決竝びに仮執行の宣言を求め、被告らは主文同旨の判決を求めた。

二、原告は主位的請求の原因として次のとおり陳述した

(一)  埼玉県草加市住吉町八一番田一反歩はもと原告の所有であつたところ、訴外埼玉県知事は昭和二三隼七月二日自作農創設特別措置法(以下自創法と略称する。)第三条により原告よりこれを買収し、同日同法第一六条により被告矢島たみに売渡し、昭和二四年一一月二一日浦和地方法務局草加出張所受付第一、一二九号をもつて同被告のため右土地の所有権取得登記を了した。

(二)  被告矢島たみは昭和三五年一〇月一七日右土地を分筆して別紙物件目録記載のとおり四筆となし、同年一二月二七日同目録記載(1) 、(2) の各土地につき、宅地転用のためその所有権移転について埼玉県知事の許可を得、同三六年五月二日同目録記載(1) の土地を被告坪井すみに、同目録記載(2) の土地を被告片岡喜代にそれぞれ贈与し、同日付でそれぞれ浦和地方法務局草加出張所受付第二、四三五号、同第二、四三六号をもつて各土地の所有権移転登記手続を了した。

(三)  しかしながら、次の理由により現在においては別紙物件目録記載(1) 、(2) の各土地の所有権はいずれも原告に復帰している。即ち自創法による農地買収はその農地たる性質を失うことを解除条件とする行政行為とみるべきところ、別紙物件目録記載(1) (2) の買収農地が、いずれも宅地に転用されたことは前述の如くであるから、右各土地を含む分筆前の土地である埼玉県草加市住吉町八一番田一反歩全部について自創法による買収及び売渡処分は前記解除条件の成就によつて失効し、原告は別紙目録記載の各土地の所有権をすべて回復するに至つたのである。

(四)  以上の次第であるから、原告は被告矢島たみに対し別紙目録(1) 、(2) の土地について昭和二四年一一月二一日浦和地方法務局草加出張所受付第一、一二九号をもつて昭和二三年七月二日自創法第一六条による売渡を原因としてなされた所有権取得登記の抹消登記手続を、被告坪井すみに対しては同目録(1) の土地についての、被告片岡喜代に対しては同目録(2) の土地についての昭和三六年五月二旦前記各所有権移転登記の抹消登記手続とその占有する各土地の引渡及び右各土地上に建物その他の建築物の建築禁止を求める。

三  次いで、原告は、自創法による農地買収が、上述のとおり解離条件付行政行為とみるべきものとする法律上の意見として次のとおり陳述した。

(一)  自創法は、自作農を急速且つ広汎に創設することを目的とし、政府が一定の基準に基いて農地を画一的に買収した上、これを当該農地につき耕作の業務を営む小作農その他命令で定める者で自作農として農業に精進する見込あるものに売渡すべきことを定めているのであるから、同法による農地買収は対象たる土地が農地としての性質を将来とも保有し且つ売渡を受けた者が将来とも耕作意思を有するものであつて、この条件を全く具備しなくなつたときは、その所有権は当然被買収者たる旧所有者に復帰すべきものである。

もし自創法による被買収農地の売渡しを受けた者がその土地を農地以外のものにするため勝手に転用転売できるものとすれば、同法の目的は根底から覆えらざるを得ず、他方自作農創設という国家施策に協力して買収に甘んじた被買収者に対し、著しく衡平を失することになる。

現に農地法第八〇条は同法による買収土地が、農地たるに適しなくなつたときは旧地主にこれを売戻すことを命じているのであつて、これは農地買収が専ら農業の維持増進の目的でなされるものであることからして当然であり、自創法はかる規定を欠くのであるが、自創法による買収農地についてこれを宅地として使用することは夢想もせられないところであつて同法がこれを予想したならば旧地主に返還する旨の条女を設けたるべく、又かかる条文のない場合は当然旧地主に所有権が復帰すると見なければ農地買収の精神が貫かれないこととなる。

現行農地法第四条第五条は、農地の宅地への転用を制限し、知事(又は農林大臣)の許可のある場合にのみこれを認めるが、たとい右許可があつても、買収農地の転用をした者と被買収者との間の法律関係を左右することはできない。右の許可は国家の経済政策的見地から、農地の宅地への転換を是認したというだけの意味しか持たないのであつてこれによつて被買収者の解除条件成就による土地所有権復帰の期待権は喪失せしめられることはなく、地転用によつて解除条件成就し被買収者に所有権が復帰するのであるる

また自創法には宅地転用の規定がなかつたところ、農地法は第四条、第五条を設け宅地転用許可の制度ができたことによつてこの許可さえあれば被買収者の権利を考慮する必要がなくなつたと解すべきものでもない。自創法施行当時においても転用については農地調整法第六条による許可が必要だつたのであり、農地法の右規定は調整法の右条文の趣旨をそのまま採り入れただけのものであつて農地法の前記法条は、農地法において新設された規定ではないのである。

これを要するに買収農地を国から買受けた者が、この濃地を耕作以外の目的に供し得ないことは自創法第二八条により明らかであつて、その土地を宅地にする必要のあるときは農地法による買収ならば、同法第八〇条によりこれを旧地主に返還すべく、自創法による買収ならば当然旧地主に所有権が復帰すると見るほかはない。自創法第二八条の精神は農地法による買収については農地法第一五条に生きているのである。

(二)  農地の買収処分自体、憲法第二九条に違反する疑が多分にあるが、仮りに違反しないとしても、買収及び売渡処分は、農地が農地として耕作され、自作農創設に資するという公共の福祉の下においてのみ適法視され得るところ、買収農地が農地たるの性質を失い、宅地化された場合は、その適法性の要件を欠くことになるから、買収及び売渡処分が無効となる。したがつてその所有権は旧所有者に復帰することゝなる。これを法律的に構成すると解除条件附行政行為であるといわざるを得ない。即ち

憲法第二九条は「財産権の内容は公共の福祉に適合するように法律でこれを定める」と規定し、自創法による農地買収は自作農創設という公共の目的のために行なわれたのであるから買収農地の所有権もその目的に沿つて特別に制限し得るものである。したがつて旧地主としてはこの目的の範囲内即ち買収農地が農地として耕作されている限りにおいて所有権を失い、買収農地を取得したものは農地として耕作する限りにおいて所有権を取得するのであつて、農地を宅地にして転売し利益を得られるような権利まで取得したものではない。

四、原告は予備筋請求原因として次のとおり陳述した。

(一)  仮りに、被告矢島たみが、別紙物件目録(1) (2) の土地を耕作することをやめ、宅地に転用したことにより、直ちにその所有権が原告に復帰することがないと解せられ、主位的請求が理由なしとするならば、被告矢島たみは次の理由により原告に対し不当利得返還義務がある。即ち、

被告矢島たみは、原告より自創法により買収した別紙目録記載(1) (2) の農地を同法により売渡を受けながら、これを自作することをやめ、宅地に転用する目的で前述のとおり被告坪井すみ同片岡喜代に贈与し、右各土地は宅地化されたところ、買収農地を宅地化するときは、国は農地法第一五条により買取り同法第八〇条に従つて買収当時の対価をもつて旧所有者である原告に売払わるべきものであるに拘らず被告矢島たみは右のように原告に帰属し得べき財産を他に贈与し、宅地転用当時(昭和三六年五月)の時価二三九万円より買収対価三七三円(反当八二九円)を差引いた二三八万九、六二七円を法律上の原因なくして利得し、原告はこれによつて売払を受けることができなくなつたので同額の損失を蒙つた。

(二)  被告矢島たみの右各贈与が原告に帰属すべき財産を処分したものとみるべきでないとしても、被告は次の理由により不当利得返還義務がある。即ち

訴外埼玉県知事のなした前記農地の買収及び売渡処分は被告矢島たみが右土地を農地として耕作することを条件としてなされたものであるから、同被告が前記のように右土地を耕作することをやめ、宅地として他に贈与した以上、自創法施行当時予期された出捐(原告が本件土地を買収されたこと)の原因ないし目的は不到達に終つたかあるいは消滅したものとして、本件土地の交換価値中少くとも農地としての価値を超える部分(超過価値)については、それが原告より被告矢島に移転することを正当視するだけの公平の理念から見た実質的・相対的な理由がなくなつたものというべきである。

被告が本件土地を農地として使用していた間は、超過価値は単に潜在的なものとして眠つていた形であつたが、転用により超過価格として顕在的なものとなり、それとともに前述のごとく被告がこれを保持する「法律上の原因」がなくなつたのである。したがつて超過価値は原告の損失により被告矢島が不当に利得したものとして原告に返還されるべきものである。

しかして右超過価格は前同様宅地転用当時の時価より買収対価を差引いた二三八万九、六二七円となる。

(三)  売渡を受けたものが、他に所有権を移転するについて被質収者の同意を要するものと解せられるときは原告は予備的に被告矢島たみの前記各贈与に対し本訴において同意する。したがつて被告矢島は右各贈与により法律上の原因なくして原告に帰属し得べき財産により前同様利得し、原告に同額の損失を与えたものであるから、不当利得返還の義務がある。

(四)  よつて、原告は被告矢島すみに対し右二三八万九、六二七円および昭和三七年五月二日付準備書面到達の日の翌日である昭和三七年五月一〇日から各支払済に至るまで年五分の割合による金員の支払を求める。

五、被告ら及び補助参加人は主位的請求に対する答弁として次のとおり陳述した。

(一)  主位的請求の原因事実のうち、埼玉県草加市住吉町八一番田一反歩がもと原告の所有であつたところ、訴外埼玉県知事が原告主張の日に自創法第三条により買収し、さらに同日付で同法第一六条により被告矢島たみに売渡し、その旨の登記手続を了したこと、被告矢島たみは昭和三五年一〇月一七日右土地を分筆して別紙物件目録記載のとおり四筆となし、同目録記載(1) 、(2) の土地につき、宅地転用並びに所有権移転についての埼玉県知事の許可を得て、昭和三六年五月二日同目録記載(1) の土地を被告坪井すみに、同目録記載(2) の土地を被告片岡喜代にそれぞれ贈与し、同日それぞれその旨の登記手続を了したことは認めるがその余は否認する。

(二)  (1) 自創法に基づく農地の買収売渡処分は原告主張のように農地たる注質を失うことを解除条件とする行政行為ではない。

一般に行政行為の効果が一旦有効に発生した後において爾後の事情に基づいてその効果を失わしめることは、利害関係人の法律的地位を不確定、不安定の状態におくここになり行政秩序を動揺し、混乱させることになるから、原則として許されないことであり、これが許されるのは、法律に特にこれを許した特別の規定がある場合のみに限られるのである。

ところが自創法その他関係法令中には右のような特別規定は存しないから自創法制定の趣旨目的のみを根拠として同法に基づく農地買収売渡処分を解除条件附行政行為と解することはできない。したがつて農地の買収処分自体が適法有効になされたものである以上被買収者は、当該農地について何らの権利をも保有しないのであるから、爾後の事情の変更があつても、被買収者が当該農地に関する権利を国の何等かの行為をまたずに当然に取得するということはあり得ない。

(2)  原告の挙示援用する各法条も右のような特別の規定に該らない。即ち、

自創法第二八条の規定は、一旦自作農として農業に精進する見込のある者に農地が売り渡された後になつて、その者について農業に精進することを期待しえない事情が発生した時国がこれを買い取り、原則として改めて他の自作農として農業に精進する見込のある者に売り渡して(同条第三項)、当該農地を買収した趣旨を貫こうとして設けられた規定にすぎず、またこの場合に当該農地の使用目的の変更を相当とする事情が存したとしてもその場合は単にこれを農業に精進する者に売り渡すことをしないに止まるのであつて(同法施行規則第一一条の二)、いずれにしても買収処分、売渡処分が当然に失効する結果被買収者の所有権が復活するとか、国は被売渡人より買い戻した当談農地を被買蚊者に売り戻すべきことを定めた規定ではないのである。

農地法第一五条の規定は、創設農地の所有者となつた者が自らこれを耕作しないで、第三者が許可をうけないで耕作することを国として放任することは月作農創設の目的に反することとなるから、これを排除して再びこれを自作農として農業に精進する見込のある者に売り渡す(同法第三六条)ために国が当該創設地の所有者より買収することにした規定にすぎないのであつて、被買収者の所有権が当然に復活するとか、国が被売渡人より買戻して被買収者に売り戻すことを予想したものではない。

農地法第八〇条は国が買収後売渡しをしていでいるうちに、農林大臣の管理する右買収土地等について事情の変更があつた場合に一定の要件(同法第八〇条、同施行令第一六条等参照)に従い被買収者に対してこれを売り払う場合のあることを定めたのにすぎないのであつて、(自創法による買収は農地法施行法第五条第一項の規定により農地法第九条に、より買収したものとみなされる。)、原告が、主張するように自創法に農地法第八〇条に相当する規定を欠くとの故をもつて自創法による買収ならば当然旧地主に所有権が復帰するということにはならない。創設農地を単に宅地にする必要があつたというだけで被買収者の所有権が当然に復帰するとか、国がこれを当然に被買収者に売り払う義務を被買収者に対し負担することは自創法第二八条農地法、第一五条の場合と同様法の予想するところではない。

六、予備的請求の原因に対する答弁

(一)  原告主張の事実と法律上の主張はいずれも争う。なおこれを敷えんすれば次のとおりである。

(二)(1)  自創法第二八条農地法第一五条はいずれも自作農創設の目的を達成せんがために更にこれを農業に精進する者に売り渡すために国に創設地の買収又は買取権を認めたものであつて原告主張のように被買収者にその優先的買受権を付与したものではない。

(2)  農地法第八〇条は、国が買収後売渡をしないでいるうちに、農林大臣の管理する買収土地等について、事情の変更があつた場合に一定の要件(農地法施行令第一六条参照)の下に、旧所有者にこれを売り払う場合のあることを定めたものにすぎないのであつて、当然に旧所有者に対し、その優先買受権を認めたものではない。このことは農地法第八〇条の規定と土地収用法第一〇六条の規定とを対比してみれば明らかである。したがつて、旧所有者に当然に優先権があることを前提とする原告の主張は失当である。

(3)  仮りに農地法第八〇条が旧所有者に優先買受権を認めたものであるとしても同条は買収地等を売り渡さないでいまだ農林大臣がこれを管理している場合の規定であつて、すでに売渡しをした土地等についてまで同条により売払をすることを定めたものではなく、従つて売渡した土地にまで旧所有者に優先買受権ありとする原告の主張は理由がない。

(4)  従つて、自創法第二八条、農地法第一五条、第八〇条はいずれも買収前の所有者に対して国がすでに買収売渡を行つた土地を優先的に買受ける権利を認めたものではないからこれらの規定を根拠として、本件各土地が農地以外のものに転用する目的で贈与され、現実に転用されたからといつてそのために被告矢島が原告に帰属し得べき財産により法律上の原因なくして利益を受け原告がこれによつて損失を蒙つたことにはならない。

七、原告は被告ら及び補助参加人の法律上の意見に次のように反論した。

(一)  自創法第三条による買収については登記簿にも特別に登記原因として同条による買収であることを明らかにしているのであるから、条件付行政行為としても関係者たる国民の法律的地位を不安定の状態におくことにはならない。

(二)  農地法第八〇条の旧所有者に対する優先買受権が国有農地についてのみ適用されるものであり、自作農創設の目的をもつて、すでに売渡された土地について適用されないものとすれば、右規定は憲法第一四条に違反するものである。即ち、自創法によつて買収された農地は、買収当時においてともに「自作農の創設によつて耕作者の地位の安定と農業生産力の増進をはかる」という国家的大目的のもとに、全く同じ条件の農地として買収されたものであつて何等の差別なきものである。しかもこれが転用のときを考えても、農地法第七八条第一項の規定により農林大臣が管理している土地であつても、またすでに自作農創設の目的をもつて売り渡されてしまつた土地であつても、宅地への転用が許可される以上ともに農地として農業上の利用の増進の目的に供することが適当でなくなつたこと、即ち宅地として利用する方が国家経済的見地から考えても得策であるという点においで全く同一である自作農創設の目的で買収しておき乍ら国が膨大な小作地を所有していること自体、法の趣旨に反するものといわねばならないが、それはしばらくおくとして、買収当時において、また転用当時において、その土地の物理的社会経済的性格において、この両者は何等異るところがないのに拘らず、一方はこれを旧所有者に返還し(農地法第八〇条は売払いという文言を使つているが、実質は返還である)他方は旧所有者に関係なく自由に処分することができるという合理的根拠はない。

勿論買収と転用の中間において、農地が自作農創設の目的に沿つて小作人に売渡されたか否かの相違はある。しかし自創法の窮極の目的は、農業生産力の発展と農村における民主的傾向の促進をはかることにあるのであつて、自作農創設のために売払われたということはその手段に過ぎないのであり、従つて農地を農地として用いるということが、自創法なり農地法の真の目的とするところである。とすると農地を宅地に転用することはその農地が農地としての性質を永久に失つてしまうのであるから自創法な力農地法による目的を喪失したという点においては自作農創設のため、売払われたか否かは全く関係がないというべきである。しかるに農地法施行規則第一七条によると、同規則第一八条第二号(法によつて買収した農地未墾地附属物件等を一たん自作農の創設または自作農の経営の安定のための目的に供した場合)および第三号(旧所有者が被買収地について、すでに代地をもらつている場合)には旧所有者またはその一般承継人に対し、優先買受権を認めていない。

しかしながら、一たん自作農の創設または自作農の経営の安定のため目的に供したかどうかによつて旧所有者の優先買受権を甲乙にすることは、土地収用法第一〇六条が一たん事業の用に供した後に不用となつた部分の土地といまだ事業の用に供しなかつた土地との区別なくすべて旧所有者に優先買受権を認めているのと対比して不公平であり、平等権を保障する憲法第一四条第一項の規定にも抵触する。けだし、かくの如きは農地を所有する境遇にある者と、宅地等を所有する境遇にある者との間に理由なき経済的差別を加えるからである。

八、原告は証拠として鑑定人徳田信夫の鑑定の結果を援用した。

理由

一、主位的請求に対する判断

(一)  原告主張事実のうち、埼玉県草加市住吉町八一番田一反歩はもと原告の所有であつたこと、訴外埼玉県知事は、原告主張の日時に自創法第三条の規定により右土地を原告から買収し、同日同法第一六条により被告矢島たみに売渡し、昭和二四年一一月二一日浦和地方法務局草加出張所第一、一二九号をもつて同被告のため右土地の所有権移転登記手続を了したこと。被告矢島たみは、昭和三五年一〇月一七日右土地を原告主張のとおり四筆に分筆し、そのうちの別紙目録記載(1) の土地を坪井すみ、同目録記載(2) の土地を片岡喜代にそれぞれ贈与し、その旨の登記を了したことは当事者間に争いがない。

(二)  そこで右買収及び売渡処分が原告主張のように解除条件附行政行為であるか否かにつき判断するに、

行政行為もそれが法律的行為であるときは条件その他の附款を附し得ることはこれを否定し得ないが、行政行為が法の具体化であり、法の執行であるから、行政庁が自由且つ無制限に条件を附し得るものではなく、そのことを法自身が認めているかそれとも一定の行為をするかどうか、どういう場合にどういう行為をするかについて法令が行政庁の自由裁量を認めている場合に限られる。法令に条件を附し得る旨の根拠がなく、しかも一定の場合に一定の行為をなすべきことを義務づけている場合には、行政庁は自己の任意の意思により法の要求している効果を制限する意味をもつ条件を附することはできないと解すべきである。ところで自創法第三条による本件買収並びに売渡処分が条件附のものであるかどうかについては自創法その他の関係法令中に何んらの明文の規定はなく、又同法が買収売渡処分をするに際し、行政庁が任意に条件その他の附款を附し得るまでの自由裁量を認めたものと解することもできない。したがつて買収農地を買受けた者が、当該農地につき永く自作農として農業に精進することを解除条件とすることを明示してなされたものでないこと弁論の全趣旨に徴し明らかな本件買収売渡処分に原告主張の解除条件が附せられたものということはできない。

しかるところ、原告は自創法の立法目的からして自創法による買収売渡処分は右の解除条件附のものとみるべきであるという。

自創法の立法趣旨は、原告主張のように同法第一条により明らかな如く、国が一定の農地を買収し、これをその買収の時期において当該農地につき耕作業務を営む小作農その他命令で定める者で自作農として農業に精進する見込ある者に売り渡すことにより、急速且つ広汎に自作農を創設せんとしたものであるが、その究極の目的は小作農を自作農化することにより農業生産力の発展と、農村における民主的傾向の促進を企図したものである。即ち、

公知の如くわが国のこれまでの農村における社会機構は、全国の耕作面積の大半が、小作地であつたことから地主小作関係と呼ばれる非近代的なものであつた。そこでは地主と小作者の人的関係が地域的に多少の相異があるにせよ、対等者間の近代的関係ではなく、身分的上位下位、支配隷属ないしは庇護奉仕の関係にあつたもので、かかる非近代的な地主小作関係においては小作農が地主の土地取上げにおびやかされ、高率な物納小作料に苦しめられ、極めて不利な小作条件の下に益々貧困且零細化しつつあつた。

かかる状態は現行憲法の意図した民主化の理想にそぐわないものであるところから一刻も早く除去されるべきものであつたが、そのためには耕作地の大半が少数の地主階級によつて支配されているという封建的土地所有制度を廃止して公平且つ民主的な農地の再分配をすることが直接的効果的な方法であるとされたのである。

右のような自創法の目的からすれば、同法に基いて行なはれた農地の買収及び売渡処分が解除条件付になされたものと解すべきではなく、買収により国は無条件で完全な所有権を取得し、また売渡によりその所有権は無条件で完全にその売渡を受けた者に移転するのが自創法の精神であると解するのが相当である。このことは自創法第一二条及び第二一条が買収及び売渡しの効果としての所有権の移転に何らの留保も付しておらず、同法第二八条が、農地の売渡しを受けた者が当該農地についての自作を止めようとするときは、前の買収及び売渡処分を無効にするのではなく、新に国がそれを買取り、さらにこれを自作農として農業に精進する者に売り渡すことになつており、また農地法第四条及び第五条は自創法によつて売渡しを受けた農地についても、農地以外のものに転用し、又は転用のために所有権を移転することを認めていて、農地の売渡しをうけたものが、耕作意思を放棄し、あるいは当該農地が農地としての性質を失なつても土地の所有権が当然に旧所有者たる被買収者に復帰するものとはしていない法の建前からして充分に窺われるところである。

したがつて自創法により農地の売渡しをうけた者が、その農地を宅地に転用し他に高価で売却し、多大な利益を得たとしても、それは主として自創法の予想しなかつたわが国の激しい経済的変動によるもので、そのために被買収者たる旧地主と売渡を受けた新所有者との間に不公平な事態が生じるとすれば、その是正を新たなる立法に求めるならばともかく、自創法ないし農地法の解釈によりまかなおうとする原告の老え方には賛同できない。

(三)  以上のとおり、本件農地の買収売渡処分を解除条件付行政処分と解することはできないのであるから右処分が解除条件付であることを前提とする原告め主位的請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

二、予備的請求に対する判断

原告は被告矢島が前記(1) 、(2) の土地を宅地として爾余の被告らに売却したことにより、その主張の額の不当の利得を得たと主張し、その返還を求めるのであるが、原告の右請求の根拠は原告が自創法により右各土地を買収売渡のなされた後もこれについて何らかの権利が原告に保留されていることを前提とするものであることはその主張自体に照して明らかである。

しかし、自創法による農地の買収により、当該農地の所有権が被買収者について何らの権利を保留することもなく無条件で国に移転したものと解すべきことはすでに説明したとおりであるし、その後の農地関係の法律においても、すでに買収、売渡がなされた農地について原告主張のような被買収者の買受権を認めるべき規定もない(自創法第二八条、農地法第一五条、第八〇条の規定から原告主張のような解釈を導くことは困難である。なお原告主張のように解しないからといつて、これらの規定が憲法第一四条に抵触するとは到底いえない。けだし自創法に基く農地の買収および売渡の効果を前記のように無条件なものと解する限り、その後の事情の変更により買収の対象となつた農地を被買収者に売戻すか否か如何なる範囲で売戻すこととするかは行政目的に照して決定されるべき立法政策上の問題であると解されるからである。)のであるから、原告の請求は誤つた前提に基礎をおくもので、その余の点の判断をまつまでもなく失当である。

三、以上説明したとおりであつて、原告の請求は、主位的請求、予備的請求のいずれも理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九四条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 綿引末男 伊藤豊治 鵜沢秀行)

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